イクジな日々、おシゴトな時間。

「会社での仕事」そして「育児」という2つのおシゴトに追われながらも、「子の成長」そして「私自身の成長(いわゆる「育自」^^)」を楽しんでいきたいと考えている、Working Motherが綴るblogです。
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秋葉原事件についての所感

2008年6月8日、秋葉原で起こった路上殺傷事件があった。
これについて気になることを書いてみたい。

まずは、被害にあわれた皆さんのご冥福を心からお祈りします。

で、本題。
これについての週刊誌の見出しで、『ネットで「神」と崇められる「アキバ通り魔」』(週刊新潮・2008年6月26日号)というのを見た。

やっぱりな、というのが、実は私の感想。
この事件について、世の一部の人間から犯人への羨望があるだろうというのは、最初に事件を聞いたときから思っていた。

私は、この事件について、ワイドショーや週刊誌がどのような論調で取り扱っているのか、あまり知らない。というか、ほとんど興味が湧かなかった。
私が知っているのは、静岡に住んでいる25歳の男性が、ネット上に経緯を書き込みをしながら、トラックで秋葉原に向かい、そこで、トラックで3人をはねて殺傷、その後、ダガーナイフで4人を殺傷、他に10人の重軽傷者を出した事件である、という新聞で報道されている事実くらいだ。
惨事だとは思った。
しかし、一方で、起こるべくして起こった事件だとも思った。どういう点がというと、平凡な人間による、無差別殺人が、どこかで起きる、という点についてである。

今や世の中には鬱屈とした雰囲気がある。
資本社会の行き過ぎ、格差社会という話、孤独ないし人間関係の希薄化、こういうなかで、若者のエネルギーが不当に抑圧されていることは想像に難くない。
その1つがぱちんとはじけたのが、今回の事件であると私は感じている。

たぶん、事件において、この若者の生い立ちや、昔の知り合いからどんな青年だったか、等、彼についてのいろいろな証言を集めて、ワイドショーは報道をしているんだろうな、と思う。でも、私はあまりそこに興味がわかない。その理由は、こういう事件を起こしたいと考える若者について、それほど根が病的とも思えなかったからだ。例えば、地下鉄サリン事件をおこした松本被告や、小学校に押し入って殺傷事件を起こした宅間被告や、奈良で幼女誘拐殺人事件を起こした小林被告のことは、「どうしてこんな卑劣な事件を起こす人がいるんだろう」と、犯人の病的な人格を思い、どういう生い立ちのどういう環境におかれた人間がこんなことをするんだろう、という点が非常に気になった。しかし、今回の事件においては、そんな興味がわかない。むしろ、犯人の方が何かの被害者なんだろうな、という気がした。(よく考えると、どんな事件においても、犯人自身が何かの被害者ではあると思いますが)
そして、ダガーナイフとかについて、規制する動きもでているように聞いているが、これまた、私はあまり意味がないように思っている。というのは、今回の事件で使われた凶器は、凶器の一例で、本当にこういうことをしようと決意した人は、なんとかして、なんらかの凶器を手に入れて実行に移そうとするだろう、と思うからです。(まあ、そうは思っていても、上の人たちはこういう事件が起こった以上、立場上、規制しないわけにはいかなんだろうな、とも思いますが)
そういうわけで、私は、今回の事件は、鬱屈とした若者の自爆テロの1つに過ぎないと思っている。
そして、こんな書き方をすると、被害者のみなさんの気持ちを害するかもしれないのですが、でも、今回の事故の被害者はある意味、事故にあったようなものだと思っている。例えば、地震にあったとか隕石にぶつかったとか。というのは、これがテロの1つだと思ってるからなのです。

こういうことをやってみたい、という気持ちは、実は、私にも理解できる。ただ、これを実行した際に得るであろうさまざまな面倒を考えると、行動を起こす気になれないだけだ。やはり、想像はできても、相当な動機がないと、これは実行に移さない。
というのは、小説や映画をごらん、と言いたい。古いタイトルしかでてこなくて恐縮ですが、子供たちに殺し合いをさせる「バトル・ロワイヤル」、クエンティン・タランティーノ監督のデビュー作「レザボア・ドッグズ」、残酷な内容だけど、かっこいい要素もある映画の例なんて、やまほどあるだろう。私の好きな映画の1つである「テルマ&ルイーズ」も、殺人と逃亡を扱っているが、観客は主人公の気持ちに寄り添ってこの映画を鑑賞するのが普通で、「殺人者め」という視点で見る観客は少数派だろう(というかそういう視点でしか映画を見れない人はそもそも鑑賞しないだろう)。

昔は、映像文化が発達していなかった。だから、こういう小説は昔からあったにしても、まず、文字が読めて、その思想が理解できるところまで知的教養がないと、こういう世界に入り込めることはそもそもなかった。
しかし、今は、映像文化が発達している。映画、TV、漫画、そして、ゲームなんかもそうなのかもしれないが、思想を文字で理解できなくても、映像を見せれば、感化させることができる。
例えば、こういう負の世界観は昔からあったとはいえ、TV・漫画の発達、映画の日常化、みたいなものにより、興味があれば誰の目にもふれることができるようになった。

それから、ワイドショーにも問題があるように思う。
というのは、事件を起こせば、犯人が主人公になれるからだ。
これは、派手な自爆テロの動機の1つに十分なりうると思う。
そんな理由でばかばかしい、とも思うけど、人に人とも思われていない(と思っている)人には、そういうことをされて、初めて、自分が人扱いしてもらったような気になるかもしれない。

そんなわけで。
マクロレベルの対策は、しかるべき人に任せておくとして。
今回、私が、教訓と思ったのは。。。
1.理由もなく、人の集まるところに行かないこと。
2.自分の周囲の人に、愛情を注ぐこと。人として扱うこと。
の、2つでしょうか。

1の「理由もなく、人の集まるところに行かないこと。」は、防災と言う観点から思ったこと。
人の集まるところはテロのターゲットになりやすいはずだからね。
2の「自分の周囲の人に、愛情を注ぐこと。人として扱うこと。」は、もっと積極的に防犯と言う観点から思うこと。
こういうことを実行に移す人というのは、自分が人扱いしてもらってない(と思ってる)からだと思うからである。
世の中の鬱屈とした雰囲気をどうにかすることは私にはできないけど、身近な人を人として扱うということなら、私にもできるわけで。

前置きが長くなりましたが。
私が今回、書きたかったのは、身近な人にちゃんと愛情を注ごうね、ということ。
そして、あなた自身も、誰かにちゃんと愛情を注いでもらってください。

そういうわけで、人どおしがちゃんとつながってる世の中になってほしい、と願うのです。

【 2008/06/21 (土) 】 tea break | TB(0) | CM(4)
身近な人に
こんばんわ、初めておじゃまします。

>身近な人にちゃんと愛情を注ごうね・・・

 いろいろ考えて到達したことは、このことでした。全ての人が、自分の周りの人を大切に思い、その思いをつたえていたら、きっとこんなことは起こらない。

 でも、いま幸福をもとめるとき、つい金銭モードで考え、それには良い成績を子供に求めてしまう。もし、子供の立場だったらたまらない。親は子の幸福を願っていたはずなのに。

 遠い先の成功ばかり追うのでなく、日々の時間を大切にしなくては。それは、結局身近な人にちゃんと愛情を注ぐことなのですね。私は子供たちをそだてるとき、無意識のうちに良い成績を求めてた自分を見つけ愕然としたことがあります。

 大切にされた記憶、思ってもらった体験、つまり身近な人に愛情を注いでもらったことがあれば、ちょっと大げさだけれど、人間生きていけますよね。実感します。

【 2008/06/29 (日) 】 編集
hattoriさんへ
hattoriさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
そうですね。身近な人に愛情を注ぐ、というのは、もちろん大事なことなんですけど、逆に、できることといえば、それくらいしかないな、と思ったのです。
でも、それくらいしかできないのだけど、多くの人が、身近な人に愛情を注ぐということの輪が広がっていけば、きっと、こんなことにはならないだろうな、と。
今の世の中、金銭っていうのはなければ幸せになれないことは明らかで、お金を介して世の中がつながってるんだというしくみは理解しておく必要があると思います。でも、油断すると、金銭さえあれば、というふうに勘違いしてしまいがちなのも確か。金銭があればあるほど幸せである、ということでは決してないことは意識しておく必要があると思います。
以前記事で、「死ぬときに『生まれてきてよかった』と思ってくれること」が私の育児の目標だと書いたことがあります(http://sachimaneki.blog50.fc2.com/blog-entry-78.html)。これがあれば、育児の方針がぶれないんじゃないかと思って。hattoriさんのコメントを読んで、このことを思い出しました。
育児は長い仕事で山あり谷ありだと思いますが、難しい事態に直面したときほど、シンプルな原則にかえるのがいいのかな、なんて。育児の先輩にえらそうなコメントをして、すみません。。。
【 2008/07/04 (金) 】 編集
さちまねきさん、

>・・・なんて。育児の先輩に・・・

そんなそんな、先輩扱いしないでくださいね。いい年して今こそ悩める母です。でもちょっと先輩面して言えば、子育て期は、あっという間に過ぎます。とっても今は大変でしょうけれど、大切な大切な‘そのとき’です。私は、‘そのとき’に、そう思うことに‘気づく’ことが出来ませんでした。ちょっと先輩、たとえば親や親族が言ってくれれば良かったのにとおもいます。私の周りの年長者は「子どもがいるのに働くなんて子どもが可哀相」とばかりいう人々でしたから。

いま私はネットでいろいろな人と出会えることは、本当に幸せです!

【 2008/07/04 (金) 】 編集
hattoriさんへ
そうですね。時間はあっという間に過ぎるんでしょうね。
私もblogをやっていて、その時間に感じることを記録することができ、さらにはそれを人と共有することができるからこそ、精神的に安定した日々を過ごせているような気がします。そう考えると、ネットの果たしている役割は大きいですよね。
今こそ悩める母、という言葉を聞くと、子どもも年齢を経ると、より悩みが複雑になっていくんだろうな~ということを感じちゃいますね。。。
【 2008/07/05 (土) 】 編集
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さちまねき

Author:さちまねき
地味系ワーキングマザーが、ハハとしての想いや、お仕事との両立のこと、子供の成長レポート等、身のまわりの話を背伸びせず書き綴っています。

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★私(42歳♀)
  :事務職のフルタイムワーカー。2005年に男児、2010年に女児を出産。
★ダンナorパパ(4?歳♂)
  :外のお仕事も家のお仕事も頑張ってくれています。
★息子(8歳♂)
  :2005年生。食アレっ子ですが、食べられるものは増えてきました。
★娘(3歳♀)
  :2010年生。いつのまにか成長している我が家のお姫様。

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