イクジな日々、おシゴトな時間。

「会社での仕事」そして「育児」という2つのおシゴトに追われながらも、「子の成長」そして「私自身の成長(いわゆる「育自」^^)」を楽しんでいきたいと考えている、Working Motherが綴るblogです。
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ワタシのキライな言葉

育児・教育にそれなりに熱心な親御さんでしたら、子どもに対する言葉遣いの大切さ、ということを理解してらっしゃることと思います。
子どもに対するネガティブな言葉遣いは暴力的ですらある、という話は、親野智可等先生のメルマガでも紹介されていました。

でも、言葉遣いに気をつけなければならないのは、大人同士でだって同じはず。

今日は、そういう観点から、ワタシの嫌いな言葉を紹介したいと思います。
(この記事は筆者が単にストレス解消するためだけに書いているような気もするので、読んで不快感を感じるかも、と思う方は、読まないことをお勧めします(^^ゞ。)

さて、本題。

第一は、一昨年前に流行語だった「KY(空気がよめない)」という言葉。
最初に聞いたときから、ゾッとしました。

まず、「空気をよめない」ってどういうこと!?っていう疑問。
基本的に空気は吸うもので、読むもんじゃないだろ~!・・・っていう、ツッコミをとりあえずしてみました。
でも、まあ、「空気をよむ」という言葉の使い方は以前からありますからね。

ただ、以前の「空気をよむ」というのは、比較的特殊な状況で使われていた気がするのですよ。
例えば、「あの人は空気がよめる」っていうと、普通の人は気付かないような間合いで、状況判断ができる人のことだったと思う。つまり、普通の人には読めない「空気」を、読める、特別な才能を持った人、みたいな意味だったという気がする。
また、例えば、結婚式やお葬式とか、っていう厳かな状況で、それにふさわしからぬふざけた言動があった場合は、「あの人は空気がよめない」という言葉の使い方をするところだったと思う。つまり、この場合も、普通の人だったら、ふざけた言動をすべきではないという状況判断できるところで、そういう言動をしちゃう、ということで、特殊な状況下で使う表現だったと思う。

それに対して、「KY」という言い方、流行語になったくらいですからね~、使う人には日常的に使われているんだろうな、と判断できるわけですよ。
でも、「空気を読む/読めない」って、そんな日常的に要求される能力じゃありませんから

次に、「空気がよめない」が「KY」と略されるって、どういうこと!?という疑問。
っていうか、状況として思い浮かんだのは、まず、「空気がよめない」当人にはいないところで使われている言葉なんだろうな、ということ、そして、仲間うちにしかわからないように略称にしたんだろうな、ということ。・・・って、単なる陰口じゃん!イジメじゃん!
他に使う状況とて、何か考えられる?私としては、「○○さんってKYだよね」という使用例は思い浮かんでも、「あなたってKYよね」という使用例は思い浮かばない。仮にあったとしても、「あなた」に伝わらないし(流行語として認知された今では伝わるだろうけど、言葉が使用され始めた当時は伝わらなかったろう)。
堂々としていない。というか、卑劣でしょ。

で、流行語になるくらい、「空気をよむ」ということが話題になったと言うことに対する反発心もある。
・・・っていうか、日常的に、空気をよむことを求められるのって、ムラ的だと思うんですよね~。狭い。よっぽど同質的な集団の中でないと、空気を読むなんて、不可能でしょ。それこそ、同じ国籍、同じ地域の、学生同士とか?同じ業界人同士とか?異質なものを排除しようという意図がぷんぷんしてくる。
これから、世の中、国際化して多様な価値観を求められるようになる、というなかで、求められるのは、むしろ、ロジカルであること、(自分と異なる立場や文化的背景の人でも)誰にでもわかるように説明できる能力のはずなのですよ。
なのに、なんで時代に逆行するように「KY」が流行語になる?話題になる?
(まあ、一昨年前の流行語だから、いいっちゃいいんですけどね。ただ、この言葉に対する反発心があまりに強かったもんで。
昨年は、「KYを気にするな!」みたいな見出しもところどころで見たので、私と似たような気持ちを抱いた方もいらっしゃったのだと思います)


そして、キライな言葉の第二は「わらいすぎ」

最初は、私自身が、会話の中で言われて、かちんときたのですね。
彼女(仮に、Xさん、としましょう)は、それほど業務上のつながりがない同僚なのですけど、世間話をしている場面で、そう言われました。

「わらいすぎ」と言われて思ったのは、まず、自分が節度をしらない人間と言われたみたいで、恥をかかされたと思ったこと。
次に、あなたに笑っていいかどうかの基準を判断できるの?ということ。私が笑ったのは、その場にいる人でないことはもちろん、共通の知り合いですらない人のことでした。ちなみに、笑い方としても、そんなに咎められるほど大声でも笑っていません。

そのときのXさんとの会話は最悪で、私は二度とこの人と心を許して会話すまいと思いました。
その会話の中で、私はいくつか価値観を示したのですが、そのことについて蔑むような態度をとられたものですから。
確かに、そのとき、私自身お行儀のよい話はできませんでしたが、私がそういう価値観を示したのは、それなりの過去の体験があったからですし、また、そういう話の展開になったのは、Xさん自身が誘導したようなところもあったのでした。
(で、その日はすごくむかついて、記事のひとつも書いた気がします。読む人が不快になると判断して、そのときは公開を控えましたけど。)


その次に、その言葉が気になった場面は、同僚Yさんが、海外生活の長い彼女の上司(Zさんとしましょう)に、「わらいすぎ」と言っているのを聞いたときでした。
Yさんは、普段から性格的にはっきりいうもの言いがキャラとして定着しているところがあるので、場が凍るようなことはなかったのですが、私自身は凍ってしまいました。
それもやっぱり、「Yさんに、そんな価値判断ができるの?」という理由。まあ、確かに、Zさん、笑っていました。確かに、Zさん、笑うところのポイントがずれていた気はします。でも、「わらいすぎ」とツッコミをいれなきゃいけないほどのとんでもない笑い方じゃなかったような。
Zさんは普段から、知らないことが違ったりするんですよね(例えば、TVで活躍している芸能人をあんまり知らないとか)。あと、ちょっと、びっくりするポイント、笑うポイントがちょっと違うことがあるっちゃある。その背景の1つに、海外生活が長かったことが思うのですが。
Zさんが、Yさんにもぞもぞ言い訳をしているのを聞きながら、「わらいすぎ」っていうのはやっぱり居心地の悪い言葉なんだろうなあ、と改めて思ったワタシでした。(私自身が一度そう言われて、かなり不快に感じたからこそ、その場でもそう思ったのでしょうが)

そして、さらにその後、凍るような気持ちになった場面は、小学1年生のお兄ちゃんがうちの子に「わらいすぎ」とつっこむのを聞いたとき。
え。
確かに、うちの子、笑っていましたが。

まず、ワタシのキライな「わらいすぎ」というボキャブラリーが普通に小学1年生に定着しているというのがショックでした。(まあ、子どもは大人のカガミと思えば、ショックをうけるほどのことでもないのかもしれませんが)

次に、思ったのは、「笑って何が悪い?」ということ。(たぶん、私自身に言われた言葉じゃなくって、これから心を育ててゆきたい我が子に対して言われたから、余計そう思ったのだと思いますが。)
笑う、というのは、ポジティブな感情表現であるはず。「わらいすぎ」という言葉には、それを抑制する効果があります。・・・それって寒くないですか?
「笑いすぎ」とは聞いても、「怒りすぎ」、「泣きすぎ」というのは、あまり聞かない。「怒りすぎ」、「泣きすぎ」を使うとしたら、やはり、その感情表現が、あまりにその場にふさわしくないときに使うとき、つまり、本来の使い方どおりに使うと思います。まあ、そもそも、大人になると、露骨に怒ったり泣いたりすること自体が少ないということもあるでしょう。でも、怒ったり、泣いたりしている人は、そっとしておいた方がいいということ、そこに「怒りすぎ」、「泣きすぎ」という第三者の価値判断をいれると、当人の火に油を注ぐようなものだと、大人なら経験的にわかっているからなんじゃないでしょうか。それに、「怒る」、「泣く」という感情表現は、非常にパーソナルなもので、目の前の人のその感情に同化できなくても、それほど違和感は感じないと言うこともあると思います。
ならば、これを「笑う」に置き換えたとき。
1つは、「笑う」という感情は、「笑い」が「笑い」をひきおこすこともある、つまり同調しやすい感情である、ということが、まず1点。同調しやすい、ということは、目の前の人がこちらの期待している以上に笑うと、違和感を感じやすいのかもしれません。
しかし、「笑う」という感情だって、感情表現である以上、非常にパーソナルなもののはずなのです。別に、笑ったっていいじゃありませんか。第一、「笑う」というのは、基本的にポジティブな感情表現だと思うし、健康によさそうだし。笑いを抑制するのって、苦しいと思う。仮に、あなたが理解できないことであったとしてもね。
(・・・とは書いたものの、確かに、うちの子、本当にこちらが理解できないところで、大笑いすることがあります。「わらいすぎ」ってツッコミたくなる気持ちも時にあるのですが、・・・その笑いが、その場の誰かを傷つけるような笑いでない限り、つっこまないように気をつけようと思います。)

ここで、断っておきたいのは、私は「わらいすぎ」という言葉自体が不快なのではなく、使い方がカジュアルすぎることが不快だということ。
例えば、自分自身に対して、あるいは、自分の大事な人に対して、必要以上に笑われたと感じたときは、「わらいすぎ」。とはっきり言って、いいと思います。それは、自分や自分の大事な人を守ることだと思うので。
私が不快なのは、その場にいる人が誰も傷つかないような笑いに対して、「わらいすぎ」という言葉を使うことで、相手を貶めるような、自分が優位に立つような、力関係を示そうとする人たちのことです(まあ、彼・彼女らは無意識なんだけどね。性質の悪いことに。)。


それに似たような違和感を感じていた言葉が、「ウケる~」

私が初めてこの言葉を使うのを聞いたのは、2000年頃でした。使っていたのは女子大生。私は当時ギリギリの20代だったと思います。
彼女、無邪気な性質だったと思うのですが、こちらが話すことに、「それ、ウケる~」と頻繁に反応することに、すごく違和感を感じました。
この言葉、頻繁に使われると、なんかバカにされた気持ちになってくるのよね。

そのときは、違和感を感じただけだったんだけど、なんでそのときそんなに違和感を感じたのか、考えてみると。

そもそも、「ウケる」という言葉は、情報の発信者が、情報の受け手の反応を見て、「ウケた」、「ウケなかった」の判断をするものだと思うのですね。
例えば、「ギャグが観客にウケた」とか、「プレゼンがクライアントにウケた」とか。
つまり、「ウケる」かどうかの判断は、発信者がするものなのですよ。
それを、情報の受け手側が、「ウケる」と判断するから、違和感がある。
だいたい、そういうときの使われ方って、最初は本当にうけたからそういってるのかな、と思うのですけど、何回も言われると何適当に判定してるのよ、という気持ちに変わってくるもんです。「その話は、ウケたから、もういいです」って言われてるような気分になっちゃうのかも。

と、考えると、「わらいすぎ」と似てるんだけど、こっちが不快に感じるのは、「オマエが判定するな」・・・ってことなのかも、と思います。

とはいえ。「ウケる~」という言葉。あまりにもよく使用されるようになったので、最近はあまり違和感はなくなっちゃいましたけどね。
それでも、ある年齢以上の方が、「ウケる~」を頻繁に使っていると、「この人、信用できない」と思っちゃいます。


以上、ワタシのキライな言葉を3つ紹介してみました。
だって、聞くと凍っちゃうんだもん。
「多くの親は、自分の言葉の暴力性に気づいていない」ということですが、「多くの大人は、自分の言葉の暴力性に気づいていない」ということだって言えると思うのです。
気をつけなくっちゃね。(ワタシ自身もね)
意識したときから
ご無沙汰しておりました。

ここでおっしゃる‘言葉の感性’について、とても共感します。ありますよね言葉をめぐる‘審美感’。自分の立ち居振る舞いの‘不細工さ’に気づき赤面するように、自らのことば、耳にした言葉の‘粗さ’にぎょっとすることがあります。言葉の持つニュアンスをあまり気にしない人、ニュアンスをあえて無視した使い方で「斬新さ」を追求する感性もあるようですで。私は好みませんが。ひそかに、自分の中では絶対に使わないと決めている言葉がいくつかあります。
 ここで紹介されている3語、幸せなことに、いずれも身近で使っているのを聞いたことがありません。
 言葉は確かに、暴力性がありますよね。それに、言葉こそ「覆水盆に返らず」ですから。生きている限り気をつけたいです。個人的には私は結構、他の方のことばで「傷ついて」います。でも、基本、よほどでないと言いませんが・・・(^^;)
【 2009/01/27 (火) 】 編集
hattoriさんへ
久しぶりにコメントくださり、ありがとうございます。
お元気そうで何よりです。

ご指摘の通り、言葉をどう思うかというのは感性によるので、この記事、実はあまり共感を期待して書いたものではなかったのですけど、共感していただいたとのこと、少しほっといたしました。
この3語、身近で使ってる方がいないとのこと、そうか、一部の人が使ってるのかな?特に、後者の2語は、ワタシの周りでは、それなりの頻度で使う人がいます。でも、言われてみると、口癖のようになっている人もいるけど、それは限られた人なのかもしれません。

育児をしていると、子どもの心の成長に有害な言葉遣いをしていないか、自己点検する機会が多いですよね。その延長で、大人同士の言葉遣いも、多少は冷静にみることができるようになった気がします。
【 2009/01/27 (火) 】 編集
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地味系ワーキングマザーが、ハハとしての想いや、お仕事との両立のこと、子供の成長レポート等、身のまわりの話を背伸びせず書き綴っています。

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  :事務職のフルタイムワーカー。2005年に男児、2010年に女児を出産。
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★息子(8歳♂)
  :2005年生。食アレっ子ですが、食べられるものは増えてきました。
★娘(3歳♀)
  :2010年生。いつのまにか成長している我が家のお姫様。

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