イクジな日々、おシゴトな時間。

「会社での仕事」そして「育児」という2つのおシゴトに追われながらも、「子の成長」そして「私自身の成長(いわゆる「育自」^^)」を楽しんでいきたいと考えている、Working Motherが綴るblogです。
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私立小学校検討につき (その10:「テスト」の意義)

ところで、ちょっと話の流れからそれますが、ここで「テスト」の目的ということについて、綴ってみたいと思います。

それを考えたきっかけというのは、尾木直樹先生の本なのですが。
いま、「開国」の時、ニッポンの教育
(この本、既に私の手元になく、自分の記憶と理解に基づいて、以下、書いています)

この本では、日本の教育の根本的な問題は、大学入学試験にあると書かれています。
社会が、人材を、卒業した大学で能力を判定しがちであること、しかし実際には、入学試験については詰め込み学習で勉強しているが、大学では必死に勉強しなくても卒業できてしまうため、教養のない大学生を量産する社会になっている、と。
(尾木先生の書かれたことと、ずいぶん違う意図になってるかも(汗))。

あともう一つは、最近の私自身の経験。
実は私、ちょっと前に、ある検定試験を受けたんですね。どちらかというと、実用というより、趣味の。
で、思ったのは、ちょっと興味のあることを、ある程度網羅的に、一定水準まで身につけたい時に、それをテストしてくれる人がいると、ありがたいんですよね。その対策として、勉強しますから。

それらで気づいたのは、テストの意義、ということ。

テストには、複数の側面があって。


1つは、『知識定着』。その人が本当に理解できているか、知識として定着しているか、試す、という意味。(『技能定着』という目的もここに含めます。)
教えたことについて、ここまでは、できていてほしい、わかっていてほしい、という目標が教え手にあって、それが本当に相手に伝わってるか自信がないとき、テストして知っておきたいですよね。
私も、子どもに、さりげなくテストしてることは多いです。「XXってなんだったけ~?」とか「XXってどれだか知ってる~?」とか。やっぱり、テストしてみないと、本当にわかってるのかわからないし。
たぶん、学校でも、定期的にテストをするというのは、そもそもは、そこで優劣を判定したいということではなくて、教えたことを定着させたい、ということのはずなんですよね。(順位を公表したり、成績をつけたりするというのは、それによって、本人の発奮を促す材料として、というのが本来の意図で、それで、能力を判定する、という意図ではないはずです。少なくとも、学校という学びの場で完結するテストにおいてはね。)
で、この側面からテストしたとき、もし、相手がわかってないこと、できないことがあるとわかったら、教え手としては、それを再度教えてあげる、一緒に復習する、等のフォローをすることになると思います。

もう1つは、『能力判定』。テストをすることによって、その人の能力を判定する、という意味。
さっきちらっと書いた「優劣を判定する」ということは、ここに入ると思います。例えば、知能テストとか、運動能力テストとかも。
やっぱり、人間、持って生まれた能力には差異がありますし、その才能を生かすのであれば、その人の能力に応じた生かし方があるはずと思うのですね。
それが、この側面からのテストの意義なのではないかと。
逆に、本人が、自分の能力をアピールするために受けるテスト、というのもあるかもしれません。

そして、最後の1つは、『選抜』。テストをすることによって、選抜する、という意味。
入学試験、入社試験、なんてのが、そうですね。また、能力別クラス編成、みたいなので受けさせられるテスト、というのもあるかもしれません。
要は、定員があって、それ以上の受け入れができない場合、じゃあ、誰を受け入れるか、ということを受入側が判定するために行う試験です。


理屈で言えば、そういうふうに分けられると思いますが、実際には、ひとつのテストがひとつの側面しか持っていない、ということはあまりなく。
テストする側の意図に関わらず、テストを受け、その結果を聞く側は、また、違った解釈をすることが、ままあります。
さらには、その違った解釈ということを多くの人がしてしまうことによって、社会的な偏見さえ生まれてしまうことがあると思うのです。

例えば、学校で定期テストをした結果、順位を公表する等によって、生徒同士が、お互いを賢いとか馬鹿だとか思い込み始めることがあるとすると、それは違うんじゃないか、とか。
『知識定着』を目的としたテストであるはずなのに、結果、『能力判定』のように解釈されてしまってますよね。

その最たるものが、大学入学試験なのかもしれませんね。
ここで行われる試験というのは、本来は、大学に入って授業についていけるだけの『知識定着』を確認する、というのがあるべき姿のような気がするのですね。
それが、学歴社会になっている、つまり、入学できた大学で『能力判定』する世の中になっているので、偏差値の高い大学に入学を希望するものが殺到する。
そのために、入学試験が、大学から見ても、『選抜』するという意味合いを強く出さざるをえない。
それが現状のような気がします。

ここで、おかしい点は、①なぜ最終学歴で人を判断する社会風潮がずっと続いているのか?ということと、②なぜ大学はそこで確かに一定水準の業績を修めた者だけを卒業させる仕組になっていないのか?ということだと思います。
①は昔は誰でも高等教育を受けられるわけではなかったから、ある程度人を判定する材料になったかもしれないですけどね。逆に、昔は、高等教育を受けられなかった者の中にも優れた人材はいて、そういう人をそれなりに生かす仕組というのも社会にあったんだろうと思います。
でも、今は、大学全入時代。なぜ、その状況で、未だに最終学歴で人を判断する社会風潮が続く?というのは疑問です。
もっとも、企業人、特に人事や採用に携わる人なんかの多く、要は多くの学歴と成果の関係について多くのサンプルを目の当たりにできる人は、必ずしも学歴だけで判断していい人材が採れるわけではないと気づいているはずだと思われます。
しかし、世の中の多くの人は、身近な限られた世界でしか人と関係を持てないわけですから、以前から続く価値観を疑うきっかけがないまま、ということなのだろうと思います。また、周囲の人と同じ判断基準で、自分も他人を判断した方がラク、ということなのかもしれないですね。
②の方は、もっと本質的な問題なのだと思いますね。入学さえできれば、ほとんどの者は卒業できることになっているのなら、その間は大して勉強しなかった、という話がでてもしようがないと思うのです。
じゃ、いったいなんのために大学に行ってるの?という話。友人を作りに、とか?恋人を探しに、とか?いや、実際、私が大学を入学をした際に、何かでそういう質問をされる場があって、「親に、とにかく大学に行って、あとは友達を作っていればいいと、言われた」みたいなことを答えている同級生はいました。大学は勉強をするのが目的で行くところで、もちろん、そこで同志と友達になるというのは副次的にあると思うんだけど、そこが目的になってるのっておかしいでしょ。

ま。ま。ちょっと、加熱してしまいましたが。
ま、理屈上、おかしいでしょ、という話はともかく、実際には、世間で評価の高い大学をめざしての競争、というのが、子ども達の間で、というか、その親の間に存在して、そのスタート時期がどんどん早まってる、というのが、今の社会なんだろうと思います。



関連ツイート(原文はtwitterから削除済み)

テストには、2つの目的がある。知識や技能の定着を確かめる目的と、ふるいにかける目的と。そのテストがどちらを目的としているのか、テストする側がきちんと認識していることが必要。
12:35 PM Nov 22nd, 2009 TweetDeckで


↑この当時は、私、こういう認識でしたが、テストする側だけの問題じゃないかもしれませんね。
【 2010/01/09 (土) 】 小学校入学準備 | TB(1) | CM(0)
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さて、前記事で、テストの意義について書きましたが、これに関して、小学校受験では、次の2つのことを思います。 まず、志望校選び、とい...
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★息子(8歳♂)
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★娘(3歳♀)
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