イクジな日々、おシゴトな時間。

「会社での仕事」そして「育児」という2つのおシゴトに追われながらも、「子の成長」そして「私自身の成長(いわゆる「育自」^^)」を楽しんでいきたいと考えている、Working Motherが綴るblogです。
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続・子どもを叩くこと

前記事「子どもを叩くこと」とで、どうやら世の中でそれなりの割合を占めるらしい「しつけのためなら、たたいてもいい」という考え方に対する、私の意見を綴ってみました。

で、結論としては、「私は暴力がキライ、だから、私は自分の子を叩いたりしない」、ということになりまして。
実際、この一言に尽きるのですが。
でも、元来が理屈っぽいタイプのワタシ(理屈じゃない、と言いきったのに^^;)、前記事を綴った後も、私が子どもを叩きたくない理由、というのが、次々と浮かんで来ちゃいまして。
せっかくの機会ですので、ここで、私の中に思い浮かんだ「私が子どもを叩きたくない、さらなる理由」というのを、とりまとめてみたいと思います。

(ふー。私が自分の子どもを叩かない理由を、思いつくまま、書いてみたら、思いがけず長文になっちゃいました。
丁寧でない口調になってしまったところもありますし、同時に決めつけ調になっているところもありますし、何より「叩かない」のは少数派らしいですから、反論のある人もいるでしょう。
とはいえ、私は自分の意見を紹介したまでで、考えの違う人と議論する気はありませんので、参考になるところがあれば参考にしていただき、考え方が違う部分があれば読み流してくだされば、幸いです。)


前記事の最後で、「私は叩かれたくない、だから、私は叩かない」という書き方をしました。
具体的にいえば、30年後には、子どもは働き盛り、親は現役引退ってことです。そのときに、力を持つ存在はどちらか、言わずと知れたことですよね。
子どもに「しつけのためなら、たたいてもいい」という刷り込みがなされていたなら、自分で自分のことをコントロールすることが難しくなった介護の時に、叩かれて「しつけ」られても、文句はいえませんよね。
私はそんな目に合うの、イヤなので、子どもを叩かないわけですが。


でも、その後で、思ったのです。
もしも、子どもがいつまでも私より立場の弱い存在で、もし、私が子どもを叩いても、将来、私が誰かから暴力の報いを受けることがないと仮定したら、私は子どもを叩いてしつけようとするだろうか、と。

それでも、答えはNo。
なぜなら、叩くことに、しつけの効果があると思えないから。

いや、そうじゃないな。
私には、そもそも、子どもを「しつけよう」という発想がないんだ。

・・・こう書くと、世の中の良識ある大人どもから、集中砲火を浴びせられそうだな~。

でも、事実。私は、育児において、子どもを「しつける」とか、大人から見た『いい子』に育てる、という発想がない。
私が、子どもに望んでいることは、「自分で考える力」を身につけ、主体的に自分の人生を歩むことだ。
もちろん、子どもには、良識ある人間に育ってほしいし、世の中でどういうことが『常識』と言われているかということは一応知っていてほしい。でも、それは、私や世の中が『常識』だと思っていることを行動規範として押しつけることじゃなくて、子ども自身が自分の人生において試行錯誤する中で、自分なりの良識を体得してほしい、ということだ。
だから、そんな行動をとれば、どういう結果を引き起こす可能性があるか、とか、他人にどういうふうに思われるか、ということについては、こんこんと話して聞かせる。でも、それでも、そういう行動をしようとするなら、したいようにすればいいと思うし、実際、「じゃ、好きなようにすれば~」と言っちゃうことが多い。

それに、仮に、子どもが言うことを聞いてくれなくて、しつけのためでもなんでも叩いてみたとして、結局、子どもが親の言うことをさっさと聞いてくれるとは思えない。

私がこれまで4年半、育児にとりくんできて思うのは、結局、子どもが気が済むようにさせるのが、一番、母親の育児労力が少なくて済む、ということ。
このやり方は、確かに時間がかかる。だから、忙しいお母さんたちがそんなことにいちいちつきあってられない、と思う気持ちはわかる。
しかし、親が子どもの気持ちに逆らって自分のいうことを聞かせようとしても、子どもは意固地になるばかりだ。
まあ、逆の立場になれば、気持ちはわかりますよね。自分がやりたいと思うことを否定されたら。

だから、そういう場面で、仮に、子どもを叩いてみたら。
健全な精神を持つ子どもであれば、親に反発心を持つのが普通だと思います(その反発心が、その場限りのものか、しばらくひきずるものかは、別として)。悔しくて泣くか、頭にきて怒るかは、その子のキャラによるとして、その子が簡単に納得して親の言うことを喜んで聞くようになる、とは、とても思えない。
もし、子どもがそういう反発心を示すことを情けないとか思ったとして、さらに叩いてみたら。
反発心を示すたびにそれを力で押さえつけていたら、そうですね、きっと、いつかは、子どもは条件反射で親の言うことを聞くようになるのだろうと思いますね。
でも、それは、親の前だけでは親の言うことを聞くようになるだけで、そうでないところではより一層自分の思い通りにふるまうような子になるかもしれません。逆に、子どもが自分のことを無力な存在と思いこみ、自分に自信の持てない子になるかもしれません。
私は思うのです、もし、しつけと称して、子どもを叩くことを自分に容認したら、子どもをそこまで追い込まなければ叩き終えることができないのではないかと。

というわけで、『もし、私が子どもを叩いても、将来、私が誰かから暴力の報いを受けることがない』と仮定しても、私は子どもを叩いてしつけよう、とは思わない、それは、子どもの健全な成長に適切な効力を持つとは思えないから、ということなのでした。



他には、前の記事でちらっと書きましたが、「マインド・コントロール」が怖いですね。
子どもが自分を非力な存在と思いこむ可能性、誰かに導いてもらえないと不安に感じる可能性、暴力を受けることが自分のことを思ってくれてることだと勘違いする可能性、そういったことが怖いです。
何かに依存しないと生きていけない体質になっちゃうかもしれません。

こう書くと、「しつけのために、軽くたたく」だけで、そこまでいくわけないじゃん、と思う方も多いでしょうね。
もちろん、私も基本的にはそうだと思います。

でも、「暴力」というのは、ひとつ始まると、そこだけでは完結しないものだ、と感じるんです。
ひとつは、暴力を受けた側。先ほど書いたように、健全な精神の持ち主なら、暴力を受ければ、反発心を抱くものです。そして、それは最後、どこかに落ち着かなければならない。暴力を受けた相手にやり返すならまともな方で、もっと弱い相手に矛先を向けるかもしれないし、他人を傷つけることのできない人はそこで自分自身を納得させようとし、精神を病んでしまうかもしれない。いわゆる、暴力の連鎖、ということはあると思います。
まあ、本当に「しつけのために、軽くたたく」だけなら、ほとんどの場合は、そこまでいかないだろうとは思います。
しかし、たたく側は、本当に軽くたたくだけで済むだろうか?という懸念があるのです。
叩いた相手が反発心を見せれば、さらに叩きたくなるのが心情ってもんだと思います。そもそも相手をしつけようと思って叩いているわけですから。
それに私自身も経験があるのですが、自分より弱い相手が泣き叫ぶのを見ると、怒りの感情が止まらなくなる、ってことがあります。
要は、心情として、叩き始めたら、叩きのめさずにはいられない、ってことがあると思うのです。多かれ少なかれ。
そりゃ、冷静に叩ければいいのかもしれませんけど。事前に、こういうことをすれば、叩くからね、と本人が納得していれば、いいのかもしれませんけど。でも、そういうことができる状況なら、たぶん、最初から、暴力という手段を保留できるはずだと思うのよね。





そもそも、叩いてしつける、っていう発想は、相手を一段格下に見てますよね。
私がその言葉から連想するのは、飼い犬とか、奴隷とか?
要は、言葉が通じない相手ですね。
あるいは、言葉が通じても、こちらが格上の存在だと知らしめたい場合、かな。

幼い子は、言葉が通じない相手なのでしょうか?
大人より格下の存在なのでしょうか?
「しつけのためには、たたいてもいい」という発想の人は、そのどちらか、もしくは、両方をYesと思っているのだと思います。

私は、幼い子も、言葉がわからない、とは思っていません。いや、そりゃ、完璧にはわかってないでしょうけど。しかし、ものの数年のうちにわかるようになってしまう、高い潜在力を秘めた存在、だと思っていて、だから、話せばわかる相手だと思って扱ってきました。
それから、我が子が私より格下とも思いません。今は、できることが少ないけど、成長とともにいろいろなことができるようになって、今に親のことを追い越す存在だと思っています。

まだ、幼い子は、言葉が通じない相手、と思っているだけなら、ましな方だと思います。(実際、その時点では、言葉を完璧に理解できているわけではないですから)
でも、子どもは親より格下の存在だから、とか、子どもは親の言うことを聞くもんだ、とか思っているなら、危険だと思います。なんていうのかな、それはきっと、親自身が、何かに支配されているのだと思うですよ。支配されて、ストレスを溜めているのかもしれないし、逆に、支配されることに安心感を覚えているのかもしれない。いずれにしても、親自身が、何かに支配されているから、子どもを支配することによって、自分自身のバランスを保とうとしているのだと思うのです。
(だから、私は、「しつけのためなら、たたいてもいい」という考えの親がまあまあいる、ということがショックだったのですね。支配関係に束縛されている大人が、そんなにたくさんいるんだ、と思ったものですから)



あと、もう1つ。相手が言うことを聞かないから、つい、手が出てしまう、という状況は。
動物っぽい、というか、一昔前の人か、と思っちゃいますね。
一言でいえば、サル、です。
言語能力が足りないのかな、とか。または、精神的な忍耐力が足りないのかな、とか。

まあ、気持ちはわからないわけではないのですよ。
子どもって、言うことをきかないときは、ほんっっっとうに言うこと聞きませんから。
(私も、たまに、言うことを聞いてくれない我が子と、大バトルをすること、あります。もちろん、これまで書いてきた通り、手を上げたことはありませんが)
叩いて、静かになってくれたら、ラクなのにな~、と思っちゃうことはありますよ。
(それでも叩かないのは、前述したように、叩いたって何の効果もないことがわかってるからですね)
それでもやっぱり、相手が子どもであれ、誰であれ、言葉を尽くさず、暴力で解決しようとするのは、サルだと思います。

それから、一昔前の人、というのは、どういうことかと言いますと。
軍隊の名残りっぽいなあ、ということです。上の人には、絶対服従、みたいな。わからんなら体に覚えさせろ、みたいな。
あれ、日本の家長制度ももともとそういうものなのかしらん。
そういうものをひきずっているような気がする。
なんとなくわかるのよ。
私の母は、ちょうど終戦時に産まれているのだけど(つまり今の親世代のさらにその親もそんな感じの時代を生きてきたんだろうなあ、と推測しつつ書いているのですが)、その辺の時代に育った人ならば、軍隊式の考え方を受け継がされていても変じゃないし、それに高度成長期のような、サラリーマンが一丸となって同じ方向に向かって頑張ることで自分も報われる、みたいな時代を生きた人なら、自分を導いてくれる人に気に入られるような、つまり他人から見た「いい子」というか隙のない人に育つことが、将来の安泰を約束する、と思ってても不思議じゃない、と。
要は、あんたは偉い人に従ってれば(、または、安定した組織に自分の居場所を作っていれば)、何も心配することはないのよ、みたいな、発想? そういう発想が前提であれば、子どもに従順な心を養うため、しつけのため、手を出すのはあり、という考えは、理解できちゃったりするのです。
で、そういう時代を生きてきた人たちが、言語能力が足りない、っていうのも、わかる気がする。いや、ここで「言語能力」って書くと誤解を招きそうだな。私が言いたいのは、世間一般で言われる「言語能力」というより、言葉を使って相手を説得しようという誠意というか粘り、あるいはテクニック、のようなことなんです。例えば、こういう言い方をすれば、相手はイヤな気持ちになるだろうな~、という想像力、とかね。だって、そういう時代を生きてきた人たちは、私が言ってる「言語能力」が足りなくても、地位の力だか、暴力だか、とにかく、違う次元の力を使えば足りたんだから。
でもね。今は、自由と自己責任の時代。さらには、激変の時代でもある。今日、自分が誰かより上の地位にいたとしても、数年後には、その人と立場が逆転しているかもしれない。そんな状況で、上の人には絶対服従、みたいな価値観、すり込むだけ損だと思うのですけどね。

なので、育児を機会に、大人がもっと、暴力に頼らず、相手を言葉で説得するスキルを高めていけば、もっとまともな社会になるのだろうな、と思っています。
でも、実際にはそうではなく、少なからぬ大人が、一昔前の価値観にひきずられて、育児をしている、ということなのかな、と。


ふー。私が自分の子どもを叩かない理由を、思いつくまま、書いてきました。
しかも、長文。
読んでくださった方、ありがとうございましたm(__)m。
読者様には、部分的にでも参考になるところがあれば良いなと思います。
【 2010/05/09 (日) 】 教育について話そう | TB(0) | CM(0)
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さちまねき

Author:さちまねき
地味系ワーキングマザーが、ハハとしての想いや、お仕事との両立のこと、子供の成長レポート等、身のまわりの話を背伸びせず書き綴っています。

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  :事務職のフルタイムワーカー。2005年に男児、2010年に女児を出産。
★ダンナorパパ(4?歳♂)
  :外のお仕事も家のお仕事も頑張ってくれています。
★息子(8歳♂)
  :2005年生。食アレっ子ですが、食べられるものは増えてきました。
★娘(3歳♀)
  :2010年生。いつのまにか成長している我が家のお姫様。

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