イクジな日々、おシゴトな時間。

「会社での仕事」そして「育児」という2つのおシゴトに追われながらも、「子の成長」そして「私自身の成長(いわゆる「育自」^^)」を楽しんでいきたいと考えている、Working Motherが綴るblogです。
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あいさつって仕込まなくっちゃいけないのかなあ

私、照れ屋の4歳の男の子を育児中、将来小学校受験をさせるかも、という母親なのですが。

小学校受験の本を見ると、というか、教育指南の本、育児のハウツー論、そういった情報を見ると、必ずと言ってもでてくるのが、「ハキハキ挨拶ができるような子にしよう」ということ。

それに対して、うちの子の現状は。

・「ありがとう」はいえる。忘れてても促されればいえる。親が気付かなかった思いがけない時に「ありがとう」を言うこともある。
・「ごめんね」はいえる。気づかなくても促されればいえる。(「ごめんなさい」じゃないことは多い。誰に対しても)
・「いただきます」「ごちそうさま」は自然にいえる。(ふざけた言い方をすることはある)
・家族に対しては「おはよう(ございます)」、「おやすみ(なさい)」は、おおむねいえる。(まれにわざと言わないこともある)
・「いってらっしゃーい」に対しては、「いってきまーす」と言うこともあるが、「ばいばーい」で済ませることも多い。
・親が帰宅した時の「おかえりー」はほぼ100%言える(しかも玄関まで出迎えつき)。「ただいまー」もご機嫌で言える。(うちの子、パパやママに会う瞬間がとっても嬉しいらしい。)
・保育士さん、保育園のおともだちに、「おはよう(ございます)」と言うところは、あんまり見たことがない。(全くないわけではない)。おともだちに「おはよう」と言われると、「おはよう」と返すことと、スルーすることが半々くらい。
・保育士さんに「さようなら」と言われると、「ばいばーい」と返し、「さようなら」と返したことがほとんどない。
・近所の人等に対しては、私があいさつしてると、真似して同じ人に挨拶することが、まれにある。また、同じくまれにだが、通りすがりの人に自分からあいさつすることもある(まれに、「自分からあいさつ」ブームが来るのかも)。
と。こんな感じだ。

これってどうなんだろう。
親としては、子が保育園で照れてあいさつできない現状を、ずっと歯がゆく思ってきた。
あいさつって自分からできる子はできるようになってるし、その方が感じがいいのは確かだし。
育児・教育の本の多くに、あいさつの重要性を書かれているのを見ると、なおさらのことだ。

あいさつを自分からできる子の多くは、親(やおばあちゃん)が子どもが小さいころから知り合いにあったらちゃんと「おはようございます」と言いなさい、とか、しつけていることが多い気がする。
実際、そう言う子の親は、ちゃんとあいさつする人であることが多い。
まれに、親がそんなに積極的にあいさつする人でもないのに、子は積極的にあいさつする子、ということもある。そのパターンは、子の資質ってことになるんだろうか、と思うのだけど。

で、私自身であるが。
私はもともとあいさつできない子ちゃんだった。
恥ずかしながら告白しますけど、社会人になった当初、社内であいさつすべき人にもしてなかったような気がする。とにかく、恥ずかしかったんですよ。
最近は、そこまで、ということはないのだけど、でも考えてみると、結局、私は、あいさつする相手としなくてもいい相手とを区別してるなあ(うちの会社には、びっくりするほど愛想のない女性がいて、その人にはあいさつしても99%あいさつが返ってこないので、あいさつをしなくなってしまった。非常にレアなケースだが、そういう人もいる)、と思うし、その範囲ではできてるともできてないともいえると思う。少なくとも、誰とでもわけへだてなく、にこにこ挨拶できるわけではない(しかし、そんな人いるのか?)。
本当に誰とでもわけへだてなく、という人はいないような気がするが、それでも、にこにこ挨拶できる対象が広い人は素敵だと思うし、うらやましい。

それに、よくよく考えてみると、あいさつって、いつもはする相手でも、例えば、タイミングが合わない時に、無理にはしないってこともある。例えば、別の誰かと話しこんでいるとき、とか、私が相手に気づいていても、相手が私に気づいてなさそうなとき、とかだ。
あたりまえだが、あいさつっていうのは、「おはよう」に対して「おはよう」と返ってきて、初めて達成感を得られるものだ。こっちが「おはよう」と言っても、まあ、返ってこないだろうな、ってことが予想できるときには、別にこのタイミングでは言わなくてもいいか、と思っていいんじゃなかろうか。

そんなことを考えると、あいさつ、中でも「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」という出会いと別れのあいさつは、無理に子どもにさせなくてもいいかな、という気分に、最近、なってきたのです。
ていうか、自分でもコツがよくわからないものを、子どもに訳知り顔で教えるわけにはいかないんじゃないか、と。

あいさつの中でも「ありがとう」「ごめんなさい」「いただきます」「ごちそうさま」がいえるのは、私自身、これは必ず言わなきゃいけないと思っていることだし、言うべきタイミングが明確だから、教えやすい、ということだからだと思う。あともうひとつ、これらのあいさつは一方的に言っても完結する種類のあいさつだということもあるだろう。
それから、「ただいま」「おかえり」が言いやすいのは、そういえば、ほぼ確実に返事が返ってくるあいさつだから、安心していえる、ということもあると思う。

それに対して、出会いと別れのあいさつは、結構難しいと思う。
日常的な相手との関係、それにタイミング。特に社会人のあいさつにはいろんな要素がからむ。
私なんかは、会社や保育園や自分の近所の人なんかには知らない人にでもあいさつしといた方がいいと思ってるけど、そうじゃないところで知らない人にあいさつしまくってたら、ただの変な人だと思われそうだ。
それに、こちらがあいさつしても、暗いあいさつしか返ってこない人に対しては、こちらも通り一遍のあいさつしかできなくなってしまう。逆に、むこうから明るくあいさつしてくる人に対しては、こちらも明るく返してしまうし、いつのまにか、私の方からその人に対しては明るくあいさつができるようになってしまってた、ということも多い。
また、関係が近い時には必ずあいさつをしてくれた人が、何のきっかけか少しよそよそしくなる、ということもある話だ。

そんな私でも、子どもの頃に近所のおばちゃんから「さちまねきちゃんは、ちゃんと挨拶するね」と言われたこともある。
実はなんのことはない、私は単にそのおばちゃんに好意を持っていたので、会うと嬉しかったというだけだ。
子ども時代の私(小学校高学年~中学校時代)、実は、友達の親のウケは悪くなかった。というか、全般にウケが良かったとはさすがに思わないが、時々、自分のことを気に行ってくださる親御さんがいまして(これは事後、母づてに聞いたこと)。
そういう意味では、私は子どもの頃から、自分では愛想よくない、と思ってたけど、案外、あいさつするべき人が誰かわかっていて、それなりにちゃんとあいさつしていたのかもしれない、と思います。
あと、大学に入って、親元を離れたのですが、そんなとき学食でお皿をセルフで片付けるときに、私にはおばちゃんに「ごちそうさま~」と声をかける習慣があったのですが、「そこがいい」と当時つきあってた男性に言われたこともありました(当時はあたりまえのことだと思ってたので、そんなことをいいというなんて変な人だな~、と思っていましたが。でも、当時から、それだけ、そういうあたりまえのことができない人もいた、ということなのかもしれないと、今は思います)。

そんなわけで、最近は私は、子どもにあいさつしなさい、ということが減ってきてしまった。
あいさつに関しては、教えることはできても、仕込むことはできないので、親としてはあいさつすべきタイミングのことだけ教えて、後は放っておこう、と思っています。後は、自分の経験から学んでください。私の経験に照らせば、自分が経験して考えていく中で、自分からそれなりにするようになるかもしれない、ってことです。
(こんなことを書くと、育児や教育を指南する人たちから怒られそうだし、こんなことがしつけられないなんて、私も子を小学校受験させるのに向かない親だな、なんて思ったりしますが。)
【 2010/05/14 (金) 】 教育について話そう | TB(0) | CM(4)
No title
私もあいさつできない子ちゃんだったので、よくわかります。
恥ずかしがりやさんだったというか。
(こんな話を生徒たちにしたら、みんな絶対ププッと笑うに決まってるんだけど)

うちの次女なりんこも、なかなかあいさつできませんよ。
でも、分かっててもあいさつできないという経験があった母としては、あんまり焦って教え込んでも、しょうがないかなとも思います。
(父はちょっと心配しているようですが)

だけどね。
あいさつできる人って、絶対心証はいいです!!
これは私の経験だけど、私もさちまねきさんみたいな経験があって、ちっともあいさつしない人にはあいさつしなくなっちゃってたんです。
でも、そういうのって他の人がよく見ていて。「あの子はあいさつが出来ない」と思われてしまった。

私の母は誰とでもあいさつする人で、相手から返ってこなくてもあんまり気にしない人。なので、相手の反応じゃなくて、あいさつすることを前向きに捉えたほうがいいんじゃないかなと思います。
ということは、あいさつをするって、教えてやれってもんじゃなくって、親とか、周りの大人がやってみせるというほうが効果的なんじゃないかなと思います。(今は私もあいさつするほうですが、スルーされることも多いです。気にしないけど)
【 2010/05/14 (金) 】 編集
No title
さちまねきさんのおっしゃりたいことはよーくわかるし、私もそんな感じかな。
それと、ことなりままっちさんのおっしゃるとおりだとも思うので、「自分が挨拶している姿は見せる。だけどそれをまねするかどうかは、子ども次第」というスタンスかな。
こちらも日々努力していれば(また、それが努力と言うよりも日常ならば)、子どもも自然となすべきことは月日とともに(時間がかかるかもしれないけれど)わかってくるだろうし。

でも、でも、小学校受験と言うのは、学校にもよるだろうけれど「期間限定で仕込み」が必要なんだと(私は個人的に)思います。
こちらのブログで、私立や受験の特色や良さも紹介していただき、それが魅力的であることも承知したのですが、やっぱり、受験が必要な学校が求める子というのは「受験までに仕込まれた子」だったりするのかなと(学校の方針などにもよるのでしょうけれど)。
だから、当初、私はさちまねきさんが私立受験するのが、腑に落ちないというか、おどろきだった部分もあります。受験を否定するのではなく、そういう子育ての仕方に賛同するのが純粋に不思議だなっていうかね。
もちろん、それ以上に、私立は魅力的だったり、特色があるのも事実です。
だから、受験っていうのは、もし、万が一落ちても(縁起でもないことを言ってすみませんが)、それはその子の人格や育ちを否定するものではなくて、たんなる「運」みたいなものだととらえて、「運試し」程度だと思って挑んでほしいと思います。
学校にもよるんでしょうけれど、私立に行ってる子って、どうも「大人ウケが良い、しっかりした、ハキハキしている子」が多くて、画一的な感じがするので。。。。それって、大人に成長するのに、どうしても必要か?って思う部分でもあります。
ウケ狙いではなくて、本質的にそうであるとか、必要不可欠な大人になったときの場面でハキハキしていれば、それが一番いいと思うので。
で、以前、こちらのブログにもかかれていたとおり、合否の判定に不明な部分が多くて、ハキハキしていても、落ちている子もいるわけで、そんな子をみていると、なんだか不憫になってしまうんですよね。あなたはあなたらしくて、それが十分いいのに、こんな人生の初歩で、つまづいたなんておもわないでねって。身近にそんな子がいたために、どうしてもそういう風に思ってしまいます。まあ、その分、リスクを払ってまでもメリットがあるからこそ、皆さん受験するんでしょうけれどね。。。。
【 2010/05/15 (土) 】 編集
ことなりままっちさんへ
コメントありがとうございます。
そうそう、仲の良し悪しに関わらず、あいさつを誰に対してもできる人って見ていて気持ちいいんですよね。
私は今は、あいさつできる気分のときはするけど、したくない気分の時は積極的にしてないかな・・・。
気分で、っていうと怒られちゃいそうだけど、やっぱり私も親が積極的にお手本を見せなきゃ、というのは、以前から思っていて、なるべくあいさつするようにはしてたんだけど、でも、自分自身が考え事をしてる時とかに無理やりあいさつをすると、やっぱり相手から返ってこない時に気にしない、ってことができなくなっちゃうのね。それで今は、普通以上のテンションの時はするけど、テンション低い時はムリにしない、って感じになっちゃいました。
スルーされてもあいさつできる、ってすごいことだと思います。私は、心の広い気分の時は、スルーされても平気でいられますが、必ずしもいつもそういう精神状態でいられるわけではないので。
【 2010/05/15 (土) 】 編集
ちゃいさんへ
コメントありがとうございます。
やっぱり出会いと別れのあいさつについては、相手あってのものだから、どういう状況の時に言うのが自分にとって一番いいのか、っていうのは、本人が自ら学んでもらうしかないんじゃないか、と。
自分がふりかえってみると、そういうことはやっぱり社会人になって痛い目を見てからでないとわからないことなのかもしれないとも思います。
小学校受験に関しては、私立小学校が求める子は、「キラリと光る子(潜在能力の高い子)」等で、「受験までに仕込まれた子」は本音では敬遠したいと考えている、と私は考えています。しかし、結局、他の受験生徒の比較でしか子どもを選ぶことができないので、他の子がみんなできることをうちの子だけできてないのでは落とされてしまう、だから、親は仕込まざるを得ないし、学校も仕込まれた子の中から子どもを選ぶしかない、という現象が生じている、と理解しています。で、うちはおそらく小学校受験自体はするつもりでいますが、「仕込み」が間に合わなくてどこともご縁がなくてもまあ仕方ないかな、とは思っています。無理をして子どもの好奇心の芽を摘み取るくらいなら、という気持ち。だから、「そういう子育て」に賛同してるってことじゃないです。。
小学校受験は、日を変えて試験すれば合格者の半分は入れ替わる、と言われることもあるそうです。合否の判定が不明確なのはわかっていることなので、競争率が1倍超の学校を受験する限り、自分の子が不合格になるリスクがあると認識したうえで、親は受験させるかどうかの判断をしているはず。・・・とはいえ、そういう冷静な判断を奪ってしまうような独特な世界の中で受験準備をさせることが一般的なので、ちゃいさんのように感じられるのもわかりますけどね。
【 2010/05/15 (土) 】 編集
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  :事務職のフルタイムワーカー。2005年に男児、2010年に女児を出産。
★ダンナorパパ(4?歳♂)
  :外のお仕事も家のお仕事も頑張ってくれています。
★息子(8歳♂)
  :2005年生。食アレっ子ですが、食べられるものは増えてきました。
★娘(3歳♀)
  :2010年生。いつのまにか成長している我が家のお姫様。

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