イクジな日々、おシゴトな時間。

「会社での仕事」そして「育児」という2つのおシゴトに追われながらも、「子の成長」そして「私自身の成長(いわゆる「育自」^^)」を楽しんでいきたいと考えている、Working Motherが綴るblogです。
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結局、母親なのだな

ここのところ、私の中で、育児・教育本ブームのようです。
(呼んだ本はブクログで記録中)
妊娠中だからというのもあるし、上の子が4歳という年齢で、就学前教育適齢期になってきたからというのもあると思います。
この記事では、それらを読んで気づいたことを、ぐだぐだと綴ってみたいと思います。


最近読んだ数冊は、必ずしも、関連しあう本を続けて読んでいるわけではなくて、むしろ、そのつど出会ったり、思いついたりした本を読んだ感じ。
なので、気づいたのだが、育児・教育本は、共感度の高い内容・低い内容もあるし、また、それを読んで自信を得られる内容・なくす内容もある。

しかし、共感度の低い内容、というのは、どちらかといえば少ない。
たぶん、その本を読みたいと思う時点で、興味のある内容を選んでいて、この本からはそれほど得るところがないだろうと思えば、そもそも手に取らない、ということだろう。

共感度は高くとも、結局、自分にとって、情報量の少ない本だった、というときは、ありますね。
書いてあることは正しいと思えるし、例えばamazonやブクログのレビューを見ても、評判がいい。でも、自分にとっては、それまでに仕入れてきた別の情報源からなのか、自分自身の経験に照らしてなのか、あたりまえのことになっていて、新たな発見がなかった、という本。

でも、共感度は高くても、自信をなくしちゃう内容、というのはあります。

最近読んだ中では、「シュタイナーの子育て」の本がそれでした。

シュタイナーの子育て クーヨンBOOKS1 (クーヨンBOOKS)シュタイナーの子育て クーヨンBOOKS1 (クーヨンBOOKS)
(2009/02/07)
クレヨンハウス編集部

商品詳細を見る


シュタイナー教育の根本にあるものが間違ってるとは思わないのです。
というかむしろ、なるほど、と思えるものが多い。

例えば、「シュタイナー教育って何?」という章建ての中の子見出しは次のようになってます。
 ・するべきことを自分で見つけて、実行できる人に育てます
 ・子どもは「天」からの授かりものです
 ・ひとは「7年周期」で成長していきます
 ・7歳まではからだづくりが大切です
 ・全身の感覚を拓いて、人類の歴史をたどるように育ちます

・・・これらは全部、なるほど納得、だったり、へーそうなんだ発見、だったり、ばっちり共感できるのですね。

しかし、実践するとなると、かなり難しい。
TVを見せない生活、というのは、子どもが2歳くらいまでは実践してたけど、子が4歳となった今はTVをシャットアウトというのは不可能だ。それに、今は、映像体験が子どもにとって必ずしも悪い影響ばかり与えるものではないし、効果的な教育効果も見せ方・見方によってはあると思っている。
シュタイナー教育は、なるべく素朴で美しい環境で、子どもが自ら創意工夫するような遊びを推奨する。・・・これ、ムリだ。仮に、一時的にはできたとしても、絶対に続けられない。普段の家事ですら、最低限のことしかできないのに、そのうえ、手仕事なんか子どもに教えたり、子どもと一緒に楽しんだりできるわけがない。
また、シュタイナー教育は、幼児教育には懐疑的な態度をとりつつも、芸術的な環境づくりには熱心だったりする。私のような芸術の素養が乏しい人間(鑑賞はするが、生活の一部として鑑賞するほどではない。演じたり描いたりもからっきしですし)から見ると、シュタイナー教育を実践する環境づくりはきわめてハードルが高い。それに、この点については、なんで、知育系のことは早くから施してはいけなくて、芸術系のことには早くから触れさせた方がいいの?という素朴な疑問がある。いや、どの子にも一律に知育系のことを早く仕込むのはよくないだろう、ということはわかる。しかし、子どもが幼い時から知育系のことに興味を持つ子であれば、その興味に応じてあげるべきだと思うので、それでもそれは遠ざけて、手仕事系の遊びだけをさせるべし、と言っているのであれば、ちょっと違うのではないか、と思ったりするのだ。

そんなわけで、この本を読み終わった時は、結構凹んだ。
なまじ、この本が美しい写真を多用してて、その世界を美しく感じるだけに、それを実践できそうにない自分に落ち込んだ。
この本で登場する「日登美さんのナチュラルな子育て」をご覧くださいませ。4人のお子さんの母親で、毎日手作りのおやつを作って、夜は8時30分に寝てるのよ。
そんな素敵なお母さまをひきあいに出されたら、「どうせ私なんて」と落ち込むしかありません。。。


で、その次に読んだのが、「公立校で伸びる子はここが違う!」だった。(全然、読む本の間のつながりがない^^;)
公立校で伸びる子はここが違う!公立校で伸びる子はここが違う!
(2009/02/03)
松永 暢史

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「男の子を伸ばす母親はここが違う!」で激しく共感して以来、松永暢史先生の本はいくつか読んでいるのだが、やっぱり最初に出会った本以上に、目からウロコな情報はあまりないなあ、と思う(仕方のないことだとは思いますけど)。とはいえ、目からウロコというほどではなくても、教育者として多くのお子さんに触れてきた経験からくる話は、 自分が感じてきたことを検証するのにとても役立ちますけどね。
で、「公立校で伸びる子はここが違う!」。ここでいってるのは「公立中学校」のことです。つまり、「私立中学校」との対比で、「公立校」といっているわけですね。(うちは、「私立小学校」も検討しているので、「公立小学校」の話ではない、と明記してみました)
松永先生の本は、独自の理想を持ちながらも、現実的な見方を提供してくれるのが特徴。
この本では、今の私立中学校受験ブームに、基本、懐疑的なスタンスを示しながらも、だからといって、公立中学校を選べばそれでいいってもんじゃない、っていうお考え。公立中学校の中で、「上位3分の1のポジション」に入る必要がある、とおっしゃっています。また、公立校での教師の質の低下はあるし、学校はあてにならない、だから、家庭内で能力をひきだすことが大事なのです、という。私立ではなく、公立を選ぶことで、お金(高い授業料)と時間(遠方への通学時間)を節約し、その分、家庭における子どもの貴重な体験(家庭での学習も含む)にあてるべき、というのが、持論なのかな、という気がします。

で。
私立受験を考えなくていい、ってことは、子どもをのびのび育てりゃいいのかな、と思って読み始めたんですけど、違うんですよね。いや、子どもはのびのび育てばいいんですけど、結局、家庭がバックアップしないと「公立校で伸びる子」にはなれない、という。お勉強も、多趣味も、家庭から、っていうんじゃ大変よ。
・・・「シュタイナーの子育て」とは違うんだけど、ちょっとげんなりしてしまいました。
結局、母親次第ってことじゃん!と。


で、つい最近読んだのが「数学オリンピック選手を育てた母親たち」。
数学オリンピック選手を育てた母親たち数学オリンピック選手を育てた母親たち
(2005/04/16)
杉山 由美子

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この本は、タイトル通り、数学オリンピック選手を育てた母親たちへのインタビュー集。
幼い時から、数学的才能があった子どもたちを、母親が才能を見つけ、家庭ですくすくとそれを伸ばしていった事例が載っています。
また、筆者自身が、「子どもを数学好きに育てる15の秘訣」というところに、インタビューから読み取れる育児の秘訣をまとめていますので、そこだけ読んでも得るところはあるのかも。

私自身は、この本の内容は、目からウロコの内容を含みつつも、すうっと入っていけましたね。
というのは、子どもの才能に合わせて、親が環境を整えた、というのが、1つのポイントだったから。子どもが興味を示すことには応え、興味がないことや苦手なことはできなくても良しとした、というところ。

でも、amazonのレビューを見ると、「結局、子どもに恵まれただけじゃん」みたいな感想もありましたね。

それ、気持ちはわかるんです。子どもが4歳ともなると。
もし、子どもがまだお腹の中とか0歳とか、せいぜい1歳とかなら、育児本・教育本をおおむね素直に読めると思うんです。
でも、現実の子と向き合うとね。育児・教育本に書かれていることを、それって結局理想じゃん!、現実にはそううまくいかないよー、と、思うところが必ずあるんですよね。本じゃなくても、育児や教育に関して、誰かの言ってることにはある程度共感できても、他の誰かの言ってることには全然共感できない。ありますよね。
それって、親自身の生活や経験や才能、そして、子どもの資質や興味が、人それぞれ違うってことだと思うんです。
だから、自分のそれらに照らして、実践できそうなことや、納得のいく話であれば、共感するし、実践できそうにないことや、腑に落ちない話であれば、そうじゃないんだけどと反発してしまう、そういうもんなんじゃないだろうか、と。

たぶん、「結局、子どもに恵まれただけじゃん」という感想は、自分の子に数学的な才能を感じるわけじゃないけど、でも、将来のことを考えて、数学的な能力は身につけてあげたい、その答えを求めて、この本を手に取られた方なんだろうな、と思います。

この本ででてくる母親は、ナチュラルな育児をしていると思うけど、それを実践することが難しい人も多いのだろうな、と思ったりしました。
というのは、私は、この本で取り上げられている事例に、遠くはないんですよね。両親とも、ここまでの有名大学ではありませんが、卒業した学校には満足していますし、一応、専門的職業についてるし。子どもも、この本で出てくるほどの才能はないですが、傾向としては、この本に登場する子に近いものを持っています。
ですので、私自身は、自分よりちょっと恵まれた人たちについての情報、という感じで、素直に共感できた。
でも、そういう捉え方をできない人もいる。
それは、私が「シュタイナーの子育て」で感じた感想に近いものかもしれませんね。「そんなこと、私にできるわけがないでしょ!」という。


あ、もっと激しく落ち込んだのもあった。
それは、「子どもの絵をダメにしていませんか」。
子どもの絵をダメにしていませんか子どもの絵をダメにしていませんか
(2004/04)
鳥居 昭美

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うちの子、4歳なんだけど、書く方はからっきしなのよね。親としてはずっとやきもきしてるんだけど。
で、この本を読んで、驚いたわよ。
うちの子の絵、2歳児にも劣るらしいことがわかって。

この本によると、親が形を教えちゃだめなんですって。
子どもが自ら興味を持って、何歳児ごろにはこんな線がかけるようになり、何歳児ごろにはこんな形をかくようになる、みたいな。

・・・でも、うちの子、ずーっとお絵描きに興味を持たなかったんだもん・・・。

そりゃあ、確かに、うちは、子ども自身、好きな時に好きなように絵を描ける環境を整えてこなかったかもしれない。
でも、らくがきちょうやクレヨン・色鉛筆は買い与えていたし、まったくこの分野を無視してたつもりもないんだけどな・・・。

そして、この本によると、親が形を教えたり、見本を描いてあげたり、塗り絵もよくない、とか。
・・・本当か?
お絵描きを上手にしているお子さんの親御さんが、見本で絵を描いてあげたことがない、とは考えにくいんだけど・・・。

女の子がよく描く、お星さまキラキラ、お姫様、ハートみたいな世界を好ましくない、と言いきってるけど、なんにも描かないうちの子を見れば、それがティピカルな絵だとしても、描きたい対象を持ってるってだけで羨ましいわ。

まあ、この本を読んで絵が描けるように、手の届くところにノートを用意はしてみたけれどね。
今のところ、私が誘えば、お絵描きも少しだけしてくれるけど、例えば、図鑑を読んでる時ほどの集中力はないですわ。少しだけつきあってくれて、もう、次のことをやりたくなっちゃうようで。

こんな本だって、同じ4歳児でも、概ねこの本の発達通りに絵を描く子のお母さんから見れば、共感できるのよ、きっと。

********

ということで、それなりにいろいろ読んだ育児・教育本。
結局はね、母親なのよね。家庭環境なのよね。
これらの本が、親が手に取ることを想定して描かれた本だから、当然なのかもしれないけど。

結局のところ、家庭環境が決め手となる。
母親が適切に子どもに働きかければ、子どもはよく伸びる。
「子どもへの適切な働きかけ」の提案内容は、著者によって違うわけだけど。

なんていうのかな、それに気づいたとき、社会からのプレッシャーみたいなものを感じましたね。
子どもがちゃんとしつけられてないのは、母親がちゃんとしつけていないせい。
子どもの成績がよくないのは、家で勉強を見てあげられない母親のせい。
エトセトラ、エトセトラ・・・。

でもさ、母親なんて、大して万能じゃないわけよ。
誰かが提唱する理想の母親にたまたま近かったということはあっても、他の誰かが理想とする母親とは全然違う、ってこともあるわけ。
母親自身、時間は限られてるんだし、その能力だって個性があるんだからさ。

子どもが幸せな人生を送れるように、そのために子どもに必要な能力が身につくように、その手助けをしてあげれるように。
そういう願いがあってこそ、こういった育児・教育本を手に取るわけですが。
母親への提案が、実際に私自身ができそうなこと以上の要求水準だった場合に、疲れを感じちゃうんだなあ、と思った次第。

とはいえ、今回紹介した、どの本にも、それまで知らなかった情報が豊富に含まれていたので、読んだこと自体は時間の無駄ではなかったですけどね。

【 2010/08/27 (金) 】 教育について話そう | TB(0) | CM(5)
No title
私は「結局は子供次第なのだな」と思います。
たとえば、同じ親から生まれた兄弟で、同じように育てたとしても、やっぱりその素質が一番の要因のような。。。ま、母親次第という部分が皆無とは言えないでしょうが(逃げ?)。
 
学校にも、どなたかのように、うしろで父兄参観のように毎日見守っているお母様がいらっしゃいますが、たとえばそれが許され、毎日やったところで、20年も30年も子供と一緒にいられて、いつも監視できるわけじゃなく、いつかは子供も自立していかなくてはいけないわけで。
だったら、親が手助けできる部分って、大きくなるにつれて、限られてくるんだよな、と、特に最近は思います。
だから、「いつかは自分でどーにかするしかない」って、気が付くだろうし。。。。幼少の頃の手伝いも、しないよりはしたほうがいいけれど、それがすごく大きな差になるかどうかは、わかりませんし、それよりも「心が豊かになる」ことのほうが重要かなあとも思います。

一時期、シュタイナーやモンテについて調べたことがありましたが、まあ、それに近いことはできても、すべてを全うするのは難しいかも。いい部分だけ取り入れれば、あとは「無理」でいいのかもしれませんね。。。(ダメ?)
 
「公立校で伸びる子は・・・」は現在予約中(笑)。

数学オリンピックの本はご紹介いただき、すっごく興味があるので読んでみようと思いますが、数学は「素質」と思っている私なので、やっぱり読んでみて「才能にめぐまれただけ」って結論になるのかも。特に、オリンピックにでちゃうような子は、ズバぬけているわけだし。。。ちなみに、私、理系で一時期は研究職に就いたこともあって、数学がかなり必要なはずですが、数学の配点が多い大学に落ちているので、ほかでカバーしました。おかげで、物理系、数学系は今でも苦手。大学でも、就職後もかなり苦労してます。努力である程度のレベルになることはわかりますが(一応ひととおり履修していますし、受験科目では高校の数学は微積まですべて必須でしたし、大学の数学や物理でも赤点は免れているので)、やっぱり自分にセンスがないこともわかるし、いまだに数学すきじゃないです(爆)。子供にはもし嫌いだったら気持ちはわかるので、無理強いしたくないです。
 
「子供の絵をダメにしてませんか」については、拙ブログの記事はこちら。
 
http://penguin-mo.mo-blog.jp/penpen/2008/06/post_b3e0.html
http://penguin-mo.mo-blog.jp/penpen/2010/05/post_a9e8.html
 
小学生になってわかるのですが、いくら、口出しもせず、親が手本をかかなくても、小学生になればさすがに、友達の絵を真似するし、ハートやお姫様や、目がキラキラした漫画チックな女の子は、いつも書いております。そして、それを真似する次女・・・(これは、幼稚園時代も、お姉ちゃんがいる子は、それを真似してかいてましたが)。
夏休みの課題を実家に持って帰ったところ、妹たちに「やっぱり姉妹で似た絵をかくのね」といわれ、私自身はそう思わなかったのに、どうやら、第3者がみると、そのようです。 
 
で、先日の大学時代の集まりで、お子さんが全国レベルのコンクールの絵の表彰の常連っていう人がいて、きけば、絵画教室にかよったこともなく、奥さんもご主人も絵が得意なほうではなかったとのこと。なので、見本は書いたこともないそうですし、特別なことはなにもしなかったとか。
ただ、保育園時代に先生に「この子は才能が有ります」といわれたぐらいだったとか。
それをきいて「結局才能なんだよな」と思いました。
幼稚園や学校の後ろに貼ってある絵でも、それはよく思いますね~。
潜在的にうまい子、下手な子(→それはうちの子ですが)、センスってありますしね。

まぁ、それでも、それなりに上手にさせるのは「ひたすらほめる」と「とにかくかかせる」かな?
長女は夏の課題に10枚近くいろんなテーマで絵をかいてましたら、やっぱり最後のほうは最初にくらべて、うまくなりましたので。。とはいえ、クラスのレベルで考えるとあまり高くないのでしょうけれど、他人と比べてもしょうがないので、これはこれでヨシとします(爆)。 本人も夏の思い出の書きたい絵は、伝えたいことが伝わるような、ちゃんとした絵になりました(爆)。
 
何事も、得意は伸ばし、不得意は(捨てはしないが)とりあえずおいておく・・・これに限るかもしれません。わたしの数学じゃないけれど(爆)。
 
【 2010/08/27 (金) 】 編集
ちゃいさんへ
コメントありがとうございます。

「結局は子供次第なのだな」とまではいきませんが、子どもの資質という要素は無視できない、という話は、続けて記事にしようかと思っていました。(とはいえ、いつ記事にしてアップできるか不明ですが^^;)
例えば、数学オリンピックを育てた各家庭の話でも、その方面で才能を発揮したのは、兄弟のうちその子だけ、ということだったので。(そもそも兄弟はおらず、一人っ子家庭出身も多いですが)
うちはまだ子が未就学児で見守り期だと思うし、親が与える環境というところには、まだ興味があります。
タイトルの「母親なのだな」というのは、『育児書っていうのものは』ということを省略しちゃってるかも。

モンテッソーリも昔、何か本を読んだことはありますね。たぶん、私が早期教育の本に影響を受けてた頃だったので、「ふーん、こういう考え方もあるのか」程度の捉え方だったと思いますが。
>いい部分だけ取り入れれば、あとは「無理」
で、いいんじゃないでしょうか、おっしゃる通り。
ただ、活字だけの本であれば、私もそう思えたのでしょうけど、ここで紹介した本は、ふんだんに写真が使われた本で、海外の保育園の紹介で金髪巻き毛の可愛い子どもの生き生きした姿を撮っていたり、手仕事のアイテムが素朴で素敵だったり(私も手仕事が苦手なだけで、素朴なものを素敵と思える感性は持っていますので)、ビジュアル的に素敵な世界を演出してたので、落ち込みが大きかったのだと思います。

「子どもの絵をダメにしてませんか」のコメント、とっても参考になりました。(ブログ記事も拝見しました)
いや、本当にねー。この本に書いてあることは、嘘だとは思わないし、標準的な子はきっとこうなんだろうなー、と思ったのですけど。うちの子、この標準から大きく遅れをとっているのでね。「そういう場合はどうしたら!?」という気持ちで、行き場をなくしちゃうような内容でしたね。うちにとっては。
で、きっと、ちゃいさんところのお子さんは割と標準的な発達をとげてらっしゃって、そして、ご学友のお子さんはさらに才能もあって、それを発揮されてる例なんでしょうね。そういう事例に照らして、この本に書かれている内容には肯ける内容だったようですので、まあ、きっと、これはこれで正しい内容なのでしょうね。
ただ、「子どもの絵をダメにしてませんか」の本に書かれた標準的な子の「標準度」って、本当にそうかな~、とは思います。例えば、保育園のママ友情報でも、男の子は女の子より絵を描かない傾向っていうのはあるみたいだし。この本で紹介された絵も、何歳に書かれた絵という定点串刺しでしたが、同じ子の絵を年代を追って、というのはほとんどなかったように思いますし、最後の方に紹介されたのが、自分の娘さんが描いた自分の絵だったというのも、ちょっとげんなりしちゃいましたね。・・・ま、才能のない子を持った母親の僻みと言われれば、そのとおりなんですけど^^;

たまたま、「子ども自身の才能」ということについて、書かれたブログ記事がありましたので、紹介しますね。
寺田昌嗣さんの「5歳の息子に日記を書かせてみる実験・途中経過」
http://sr20.iza.ne.jp/blog/entry/1758317/
その中で最後に紹介された、「天才芸術家ザック君のお絵描き」が驚異的でしたので・・・。

ということで、子どもの絵を人並み以上に上手くすること、については、既にあきらめてますね。っていうか、どうでもいいです。
それでも、絵や図を使って説明するスキルというのはあるにこしたことはないので、うちの子の現状を気にしてはいますが。。。
【 2010/08/29 (日) 】 編集
No title
うちの場合、怖くてこんなこと本人には言えないし、気が付かせてもいけないのですが、長女は幼稚園の時も今も、授業参観で遠くから「ああ、絵がうまくない子が一人いるな」とおもって、近づくとうちの子の絵だった。。。。というパターンです(私も自分が下手ではあるが、どんな絵が上手か下手はわかるので)。また小学校になって、工作についても「なんだかへたくそな子がいるな」と思うと、うちの子の作品だったり。。。。
で、次女は平均的だし、そんな経験もないから、やっぱり違うなと思います。
天才ザック君の絵もみましたが、ま、そういう子もいるんでしょうね。私の知り合いのお子さんのように、天才的な子は素質があるんだなあと思います。
で、上にも書きましたが、それでも、枚数をこなしたり、伝えたい気持ちがあるときは、本人なりにそれなりの絵を描きますよ。。。。他人と比べたら・・・・・・・・かもしれませんが。
 
ひとつ気になったのは、
>絵や図を使って説明するスキルというのはあるにこしたことはないので、
 
というところ。
たぶん、説明する絵をかくのには、小学校高学年からパソコン授業もあることだし、今の世の中絵がうまくなくても困らないと思います。また、それこそ、数学のセンスがある人なんかに共通しているんですけど、絵や図が雑な人もいますし。。。。
芸術って音楽などもそうですが、「その人が何を伝えたいか」が重要な気がします。テクニックやスキルというよりも。
英語も「英語を使う」ということじゃなくて、「英語で何がだれに伝えたいか」というところに始まるというか。
だからこそ、素質が関係するというか、(子供の)絵をうまくすることが難しいと思うのです。
ま、学校に入って気が付いたのですが、だったら、絵で伝えなくても、文章で伝えても、音楽で伝えても、得意分野で伝えればいいのかなと思いました。とはいえ、絵の宿題のほうが、読書感想文の宿題より簡単に思えるのは気のせいでしょうか?(爆)
「自分が思ったことを表現する」というのは、大人もそうですが、子供にとっては、かなり難しいことだとこの夏に痛感しましたが(ほっとくと感想文は「おもしろかった」で終わる文章ばかりが続く。。。)、この「表現」ができる子がすごいなぁと思うのでした。
【 2010/08/29 (日) 】 編集
No title
もうひとつ「表現」で思い出したことですが。
次女が幼稚園からの宿題で、住宅メーカー主催のお絵かきコンテストを持ち帰りしました(提出はしなくてもOK)。去年まではテーマがなくて、ラクだったのが、今年から「どんな家に住みたいか?」になってしまい・・・(不景気なのか、今年から参加賞がなくなったり、主催側のテーマ設定があったり、某しまじろうは未就学児童のコンテストがなくなったりと、コンテストもめんどくさいことになっています。大手の主催するコンテストは軒並みこんな感じです)。
で、しょうがないので、毎年参加賞をもらっているし、一応参加賞が欲しいし・・・ということで書かせたら、マンションにしか住んだことのない彼女、家ということがわからず、建物の絵がかけませんでした(爆)。
しょうがなく、虫や花をまわりにかいて「虫があそびにきて、花に囲まれたおうち」と題して出しちゃいましたが。。。。(家自体の絵は小さくておもちゃみたいなおうちになっちまいました)。
・・・・笑っちゃいました。
【 2010/08/29 (日) 】 編集
ちゃいさんへ
うちも、本人には言えないし、気がつかせてもいけない、ですよ^^;
絵のこととかね。張り出された他の子のものと比べると、だいじょうぶかな~、と思うことが多いです。
>絵や図を使って説明するスキルというのはあるにこしたことはないので、
というのは、どうなんですかね。今のままでほっといてはいけないような気持ちがそう言わせているのかもしれません。
「伝えたい気持ちがある」ということが大事、というのは、確かにそのとおりですね。
次女ちゃんは、もう、お絵描きコンテストに挑戦しているんですね。うちは、こういうの全然だなあ・・・。というか、本人が、意味のある絵(何を描いているかわかる絵)を描こうとしないので、問題外です。
本人がやる気になるまでほっとくしかないのか、ちょっとは何かを促さないといけないのか、本当によくわからないですね。
【 2010/08/30 (月) 】 編集
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さちまねき

Author:さちまねき
地味系ワーキングマザーが、ハハとしての想いや、お仕事との両立のこと、子供の成長レポート等、身のまわりの話を背伸びせず書き綴っています。

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  :事務職のフルタイムワーカー。2005年に男児、2010年に女児を出産。
★ダンナorパパ(4?歳♂)
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★息子(8歳♂)
  :2005年生。食アレっ子ですが、食べられるものは増えてきました。
★娘(3歳♀)
  :2010年生。いつのまにか成長している我が家のお姫様。

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