イクジな日々、おシゴトな時間。

「会社での仕事」そして「育児」という2つのおシゴトに追われながらも、「子の成長」そして「私自身の成長(いわゆる「育自」^^)」を楽しんでいきたいと考えている、Working Motherが綴るblogです。
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母の育児、私の育児

母(実母)が来た。
そして、母が帰った後、部屋はピカピカになっていた。

共働きの我が家は、家中がピカピカになる、ということは、まずない。
せいぜい、部分的にきれいになる、という程度だ。
母が帰った後、家に帰ってきたパパも、感心していた。

一週間、パパが出張で家にいなかったため、かわりに母に家に来てもらったのだった。

母と一週間も一緒に暮らすのは、どれくらいぶりだろう。
母は何かと家事をしてくれるので、私としては、かなり余裕を持って、毎日生活ができた。
(そういえば、私は帰省した時も、家事を手伝うことはほとんどしておらず、結構「姫」待遇でラクしている。もしかして、そんな家庭に育ったから、私に家事能力がないのかもしれないけど・・・(苦笑))

しかし、母と暮らすのは、必ずしも快適なことばかりではない。

というのは、私は、育児の上では、母を反面教師とみなしている節があり、自分の育てられ方を思いだした上で、自分の子はそうは育てまい、と思っていることが結構多いのだ。
それから、生きている時代がずれているからしようがないのかもしれないが、私と母は、価値観が違うところがある。特に、「生き方」という点では、真っ向から対立している。

今回、母と一緒に過ごし、母が孫に対する態度を見て、私自身の育てられ方を再現された気がした。
その一部をメモしてみる。


食事の時、うちの母は、子どもにお椀を持たせようとする。
私はあんまりポロポロご飯をこぼすときに、そう指導することはあるが、普段は意識してそういうことを教えていない。
「おわんをちゃんと持って食べないといけないでしょうがね」(実際には方言で)という言い方をするのが、わが母。そして、実際に手も出して、子どもの手にお椀を持たせるところまでやっている。
それに対して、「ポロポロこぼれないように、おわんをちゃんと持った方がいいよ」という言い方をするのが、私。おわんの持ち方については見本を見せるようにはするが、強制的に持たせるところまでは、今はやっていない。
それに対し、我が母は、子どもがうまく持てないと見るや、「××ちゃんは、ちゃんと持ってるのに」と、同い年のいとこ(我が弟の次男)と比較。
私は、他人と比べないようにして子育てしているので、そこは母にイエローカードをだしておきましたが。

「だって、本当のことだもん。思ったことは言わなくちゃ」・・・とは母の弁。
これを聞いて、あちゃー、と思った私。
私の読んできた育児情報によれば、子どもには愛されている実感を持ってもらうように育てましょうとか、自信を持たせましょうとかいうのが、多く、それが私自身の育児観にもなってきているので、母の弁っていうのは、その育児観に照らせば、結構最悪だったりするんですけど。

私自身、思いだすことがある。
「さちまねきちゃん、お箸の拭き方はこうよ。△ちゃん(いとこの女の子。2歳年上)はお箸の拭き方が上手ね。」と言われたこと。(これは母じゃなくて、叔母だったかもしれない)
うちの母からは、「さちまねきは字が汚い。△ちゃんは字がきれいなのに」と言われたこと。たぶん小学校1年生のこと。
私は母から「さちまねきは頭がいい」と言って育てられてきたのだが、反面、「手先が不器用」ということもよく言われた。あと、まれにだが、容姿の悪さについてもコメントされている。
だから、私は、自分のことを不器用だと思いこんでるし、手仕事に挑戦しようという気もおこらない。家事だって、どうせ苦手だし、とずっと思っていた。

これに対して忘れられないのが、学生時代に友人の家で食事づくりを手伝った時のこと、その友人(同級生だが1歳年上。お姉さんキャラ。しっかりしてて、学生の頃から良妻イメージだった)が私のごぼうのささがきを見て、「上手じゃない」と言ってくれたこと。
それまで、私が「私なんか不器用だから」「家事とかできないから」と自虐的に言ってたので、それでその友人はそう言ってくれたんじゃないかと思う。
でも、その一言のおかげで、「私はそれほどはひどくないんだ」と思えるようになった。

というか、さらに、その一言のおかげで、私の母の言ってきたことをひどいことだったんだと思えるようになった。

例えば、りんごの皮むき。
あれも、子どもの頃、上手に剥けなくて、母に「こうするのよ」とか散々指導された覚えがある。
だから、長い間、私は自分で「私はりんごの皮も上手に剥けないし」と思っていた。
でも、大人になったある日。やってみたら、普通に上手にできてしまった。

確かに私は、母が私を「手先が不器用」と言った当時、本当に手先が不器用だったんだと思う。
私自身、手遊び系のことには興味が持てなかったし。
でも、母が私に口に出してそう言わなければ、「どうせ私は手先が不器用だし」という思い込みは持たずにいられたのではなかろうか。
いずれ、大人になれば、子どもの頃に比べれば、不器用さは減る。
でも、「どうせ私は手先が不器用だし」という思い込みは、大人になっても持ち続ける。
そういう思い込みがあれば、手先を使うことを自らやってみたいとは思わなくなるものだ。
つまり、自分自身の可能性を閉ざす結果になる。

そういう負の影響を、「だって、本当のことだもん。思ったことは言わなくちゃ」としゃあしゃあと言う我が母は、きっと考えたことがない。

親が言ったら、子どもはそれをそのまま言うとおり聞くべきものだと、我が母は、単純に思ってるような気がする。
うちの子はごはんをきれいに食べずに、かなりぼろぼろご飯粒をお椀にくっつけたまま、「ごちそうさま」ということが多いのだが、それに対し、我が母は、「ほら、残ってる。最後までちゃんときれいに食べなさい」という言い方をする。
私は、「最後までご飯粒を残さずにきれいに食べれる?ぴかぴかに食べれたら、ママに見せてくれる?」という言い方をする。
・・・やってほしいことは同じでも、言い方次第で、本人がやる気になるかどうかは変わってくるんだっつーの。


それから。
今回、母と一緒に過ごして、母は子ども(孫)がかわいくないんだろうか、と思ってしまった。
例えば、私が「ゆきごんは、図鑑を見るのが大好きなのよ(すごいでしょ)」と言うと、私の母は「でも本物はダメなんでしょ?本物も好きで図鑑も好きなら、生物学者にでもなればいいけど」という言い方。
私は、マイペースで自分の世界を持っている我が子がかわいくてしようがないのだが、私の母に言わせれば「長男っていうのは、みんなこんな感じ」の一言で片づけられてしまう。
確かに、母にとって、ゆきごんは3人いる男の子の孫の1人で、私にとって、たった1人の男の子、というのは違うのかもしれない。
でも、私としては、我が子自慢したいのに、何を言っても部分否定されるんじゃ、その気も削がれてくる、っつうもんです。

そういえば、私自身、この頃(4~5歳の頃)はどうしてたんだろう、と思う。
この頃、私は、母と弟とで、田舎の祖父母のうちに居候していた時だ。(父は単身赴任していた)
その頃の記憶から、保育園のできごととか、母との思い出とか、そういうものが欠落している。
記憶にあるのは、家の中のこと。家の中でまめまめしく仕事をしていた祖母と、もうすっかり動けなくなってテレビばかり見ていた祖父のこと。家の周りにあった畑や自然のこと。弟と走り回ったこと。くらい。あと、近所にいとこが住んでいたので、保育園のお迎えはそのいとこといっしょだったなあ、ということ。
母は働いていた。きれいな格好をした母が帰ってきたのを、玄関まで出迎えに行った記憶はあるのだが、母は私にどう接していたのか、ほとんど覚えていないのだ。(ちなみに、当時、母が働いていた理由は、私を保育園に入れるためだった、と後で聞いた。あまりに社交性のない私を心配してのこと、と聞いている)
母は、私をかわいいと思って、育ててくれたのだろうか?
いや、大人になって交わした会話では、「自分の子は、本当にかわいい」と我が母は言っていたし、それも本当だろうと思うのだが、私自身が、母にかわいいと思われていると、実感したことがないのだ。


まあ、あえて、母のフォローをすれば「素直に褒めたり自慢したりできない人」なのだと思う。
自分の発言に、何かちくっと、一言、風刺をきかさなければ、気がすまないのだ。
そして、現実的なもの言いができることが、ひとつのアイデンティティみたいに思ってるのかもしれない。

そんな母と数日過ごすと、こちらは結構なストレスがたまってしまう。


母の育児の方がすぐれているところもある。
食事中のお行儀は、確かに、身につけた方がいい。
夜は、確かに、さっさと寝付かせた方がいい(いつまでも遊んでいないで)。
おもちゃの買い与えは、確かに、多すぎない方がいい。
部屋は、確かに、きれいにしておいた方が気持ちいい。

それらは、育児の理想に近いものではあっても、うちの普段の状態からはなかなか実践できないことである。

母が来ると、自分の育児観がゆらいでしまうのは、確かだ。
それがいいことなのか、悪いことなのか、今の私にはわからないままである。
【 2010/09/11 (土) 】 教育について話そう | TB(0) | CM(4)
わたしも・・・
読んでいて身につまされる内容でした。
わたしの母も同じタイプです・・・。
しかも孫はわたしの娘(4才)ひとりなので何かにつけてコメントが多い・・・。
母はうちの中はキレイに掃除し、栄養たっぷりの食事を自分の誇りとしておりますが、追いかけてまで食べさせたり、生活態度全般、何かにつけて小うるさく、独善的に自分の考えを押し付けます。
母にされて嫌だったことはしないようと努めておりますが、私もうっかり母と同じ事を言ってしまったりすることも・・・。
母と同じようにしたくない!と強く思いながらも、母の教えは巧妙というか・・・自分のなかに深く染み付いていることに気づいて愕然とすることがあります。
ほんと、反面教師の子育てはエネルギーが要りますね。

【 2010/09/11 (土) 】 編集
yakiimoさんへ
コメントありがとうございます。
yakiimoさんのお母様も同じタイプなのですね。
「独善的」という言葉は、私は思いつきませんでしたが、言い当ててますね。
元々の性格と言うこともあるでしょうけど、なまじ自分達が、親から独立してなんとかやっていけているので、妙に自信を持っちゃってるところもあるのかもしれません。あと、年をとると、その分、自分のやってきたことを肯定しないではいられなくなるんだとも思いますし(これは誰でもそうですけど)。
その距離の取り方って、本当に難しいなあ、と思います。なまじ実の母親なだけに。便利だけど、ストレスはたまりますね~。
母に育ててもらった感謝は忘れるべきではないですが、母からの呪縛を乗り越えることもひとつの成長なのかもしれません。お互いいつか、自分なりの良い道を探し当てられるといいですね。
【 2010/09/12 (日) 】 編集
何時の時代も
身につまされ、共感しつつ、拝見いたしました。思ったことは、子も親も、それぞれの心の弱いところ強いところがあり、そして認めてほしいこと、言われたらつらいこと、気にかけているところが、“異なる”ということです。私自身、無意識に自分を基準に判断し考えます。しかし、他者にその人物を基準に判断され対応されるとき、「ちがう!!」と叫びたいこと反発したいことが山ほどあるのです。きっと私も他人にこうおもわれているんだろうなぁ。それが少し判明したのは20歳代になった子どもと対話したとき。「そのとき」には黙った順った子どもが、「実は・・・と思っていた」と聞いたときでした。私自身、親にされたり言われたりして悲しい思いをしたことだけは、決して子どもにしない、というのを子育て信条にしていたつもりだったのに(笑) 実際に、リアルな母がもしそばにいたらしんどいですよね。私の場合、姑とのやりとりにへとへとでしたのでで、相対的に、自分の子育て時には実の母からのストレスは薄かったです。実の母が、母親業や家事が仕事を持って忙しかったせいで十分にできなかった感があって、子育て中の娘にほとんどなにも言わなかったのはすくいでした。いずれにしてもそばに日頃いないことは、それだけでストレスはないです。私の場合、要するに、自分で好きなようにやりたかった(いまもやりたい 笑)だけですが・・・
【 2010/09/21 (火) 】 編集
hattさんへ
コメントありがとうございます。
何時の時代も、ということですが、そうですよね、きっと、母娘の間ではよくある話なのでしょう。
もともと、母親の言葉遣いが自分の可能性を狭めてきたのではないか、という疑念を持ったのは、主人と結婚する頃です。そういう意味では、私の反抗期は、結婚後に訪れたといえるかも^^;。これまでは、なるべく母の世話になりたくないと思っていましたが、さすがに第二子出産にあたって、少し来てもらうことになり、きっと私が子どもの頃、こういうことをして育ててくれたんだろうな、という再現を目の当たりにして、よくも悪くも自分のルーツを確認できた気がしています。それは私自身のためにも良い機会だったと思います。
今回は、私自身も母親の気持ちを傷つけるような発言を何個かしたなあ、と思います。というか、結婚後は、私は母に向かって、気持ちを傷つけるようなことを何度も発言してきました。申し訳ないなあ、という気持ちはあります。でも、母が「本音派」なので、こちらもある程度本音で対応しないと身が持たないというか・・・。だから、うちは、「実は・・・と思っていた」ということを親に告白することはあんまりないかもしれません。hattさんがそういう告白を聞けたということは、きっと、聞く耳を持っていたからこそ、だと思いますよ。うちの母は、言っても通じる気がしませんから。
言われてみれば、うちは、お姑さんが、他人を傷つけるような発言をする人ではないので、相対的に実の母親の発言にイライラさせられる、ということはあるかもしれません。
日常的に親御さんに育児をお世話になっているWMさんはすごいよなあ、といつも感心する私です。私も、親がそばにいることは、便利さよりも精神ストレスの方が大きいです。
【 2010/09/22 (水) 】 編集
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さちまねき

Author:さちまねき
地味系ワーキングマザーが、ハハとしての想いや、お仕事との両立のこと、子供の成長レポート等、身のまわりの話を背伸びせず書き綴っています。

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  :事務職のフルタイムワーカー。2005年に男児、2010年に女児を出産。
★ダンナorパパ(4?歳♂)
  :外のお仕事も家のお仕事も頑張ってくれています。
★息子(8歳♂)
  :2005年生。食アレっ子ですが、食べられるものは増えてきました。
★娘(3歳♀)
  :2010年生。いつのまにか成長している我が家のお姫様。

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